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zoom RSS ★夫婦同姓は日本の伝統では無い!"

<<   作成日時 : 2010/03/02 21:21   >>

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最近、夫婦別姓問題が発生しているので、我が国の姓について調べてみた。

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「 「苗字」は古くは「名字」と呼ばれていた。鎌倉時代の『吾妻鏡』にも「名字」が使われており、室町時代中期の国語辞書である『節用集』でも「名字 又作名乗」とあり、同じく室町時代の国語辞書である『下学集』にも「名字名乗 二字同」と記述されている。
 「苗字」と「姓」の違いは、〈1〉「姓」は国家が中国の文化を移植・移入したのに対し、「苗字」は個々の武士の家が確立したことにより成立したもので、「姓」が上からのものであるに対し、「苗字」は下からのものである。〈2〉「姓」は天皇が下賜する公的な名であるのに対し「苗字」は私称する名である。〈3〉「姓」は父系血縁原理により継承される「氏」の名(氏名−ウジナ)であるに対し、「苗字」は「家」の名(家名)であるとされる(末尾の加藤晃の書籍)。
 「苗字」は武士の形成と関係が深いとされ、単独相続が原則になるにつれ、家産が長子に承継されるとともに永続性を持った「家」が出現し、「家」という組織体を呼称するものとして「苗字」が成立したのである。
「苗字」が「家名」とともに発展してきたことにより「家長父権」が芽生えてくるのは当然のことであった(末尾の福尾猛市郎の書籍161頁)。
 その後、「苗字」は武士階級のみならず一般庶民にも広がっていった。文明15年〔1483年〕3月16日の東寺百合文書に「苗字の禁制」の記録が見られるが、それだけ庶民にも「苗字」を附す者がいたことを示している(洞富雄(2) 179頁)。
 江戸時代には下層農民も「苗字」を有していたことが明確となっている。
 江戸時代には知行所を持っていた旗本や藩士が金を取って「苗字」を庶民に与えていた事例が多かったことから、幕府はこれを禁じる「お触書」を出している(享和元年〔1801年〕7月)(末尾の奥宮敬之の書籍 163頁)。しかし、これは表向きのことで、庶民が「苗字」を持つことが廃れることはなかった。東京都中野区江古田の氏神氷川神社の弘化3年〔1846年〕の造営奉納取立帳の全村85軒の戸主の全員に「苗字」が記載されていた。これは何も江戸近郊のことではなく、長野県松本平の南安曇郡の33ヵ村の講中2345人のうちわずか16人を除いて「苗字」を持っている(末尾の豊田武の書籍 140頁)。こういう例はゴマンとあったことが指摘されている。
 江戸時代の農民は何も上流階級に限らず総ての者に「苗字」があったと考えられるのである。江戸時代の農村において「支配者に名ばかりを載せ、苗字を書いてないのは下位者・使用人を賤しめての省略記載で、苗字の無記すなわち無姓ということにはならない」(末尾の洞富雄(1)−4頁〔同趣旨〕)。これを以って<例外>などという者がいるが(末尾の熊谷開作 138頁)、そういう例はこれに止まっていないから誤りである。

 ※ 『苗字と名前の歴史』坂田 聡 吉川弘文舘〔歴史文化ライブラリ− 211〕
   2006年4月1日
   『苗字の歴史』豊田 武 中央公論社〔中公新書 262〕1971年9月25日
   「日本近世の『家』と妻の性観念」柳谷慶子(『歴史評論』636号
   2003年4月1日12頁
   「江戸時代の一般庶民は果たして苗字を持たなかったか」洞 富雄
   (『日本歴史』50号 1952年7月1日4頁〔後に下記に所収〕
   (洞富雄(1)という)
   『庶民家族の歴史像』洞 富雄 校倉書房 1966年2月5日
   (洞富雄(2)という)
   「日本の姓氏」加藤 晃(『東アジアにおける社会と習俗』
   東アジア世界における古代史講座 第10巻〕井上光貞 学生社
   1984年12月20日 86頁)
   『苗字と名前を知る事典』奥宮敬之 東京堂出版 平成19年1月30日
   「江戸時代の夫婦の氏」熊谷開作(『婚姻法成立史序説』熊谷開作
   酒井書店 1970年12月10日)
   『日本家族制度史概説』福尾猛市郎 吉川弘文舘 昭和47年2月25日」
http://www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/koseki_myoji.htm

★> 「苗字」と「姓」の違いは、〈1〉「姓」は国家が中国の文化を移植・移入したのに対し、「苗字」は個々の武士の家が確立したことにより成立したもので、「姓」が上からのものであるに対し、「苗字」は下からのものである。〈2〉「姓」は天皇が下賜する公的な名であるのに対し「苗字」は私称する名である。〈3〉「姓」は父系血縁原理により継承される「氏」の名(氏名−ウジナ)であるに対し、「苗字」は「家」の名(家名)であるとされる。

★> 江戸時代には下層農民も「苗字」を有していたことが明確となっている。

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「 江戸時代には、「苗字帯刀」は原則として武士階級にのみ許される特権で、 特別の功労によって許可された者以外の一般の庶民は苗字を名のる事を許され ていなかった。したがって、現代の戸籍に相当する江戸時代の「人別帳」は、 武士階級以外のものを把握するためのものであったので、原則として苗字が書 いていない名前だけの記録である。また、明治維新後、「四民平等」の精神に よって初めて全国民が苗字を名のることが法的に許された。
 ここまでは、日本歴史の常識である。しかし、苗字を名のることと、苗字を 持っていることとは意味が違う。すなわち、歴史的な事実を良く確認する必要 がある。
 確かに、庶民が苗字を名のることは禁じられた。しかし、それは「公」の範 囲の制限であって、実際は「私」の範囲では差し支えなかったのである。
 武士以外で、特別に苗字を名のることを許されていた者が多かったわけではない、つまり、人別帳をはじめとする公文書ではただの何村の「何兵衛」、支払い証文などの私文書では、例えば「山田何兵衛」なのである。こうした資料は、意外に多く残っており、百姓といえども私的に使用する苗 字を持っていたことがわかるのである。もっとも、何を基準にして公文書とい い私文書というか、判断に迷うことも多いのだが。
画像

 さて資料は、百姓が印鑑を押したものである。日本人はヨーロッパ人と違ってサインではなく、いまだに印鑑を使用する。印鑑の歴史的起源はともかくとして、少なくとも江戸時代には極めて普通に諸文書に押されていたようである。ただし、身分的な区別は存在する。原則として武士身分は高い者、また幕府の安堵状などは朱印、百姓町人は墨印である。つまり、現代のように誰でも朱肉を使ったのではなく、墨を使った場合が多かったようである。

 この資料は、郡内の学者先生の著作を刊行するための費用の寄付を募る趣意書の発起人の氏名のページである。これは私文書であるので、発起人4名の墨印を押し、さらに最初の「手野村 周平」を除いて、あとの3名は、「佐野玄仙」「小原為次郎」「両子文平」というように苗字を使用していることが読み取れる。苗字をつけているが彼らの身分は百姓であって武士ではない。しかし、彼らの先祖はいずれも江戸時代になって百姓になったが戦国時代以来の苗字を持っていたのである。豊臣秀吉が尾張の一介の農民の子でありながら、最高位の関白にまで昇り得た時代、つまり武士と農民や商人などの階級が分離していなかった戦国時代のことを忘れてはならない。
 (中略)
 実のところ、われわれは過去のイデオロギーによるカッコつきの「歴史的常 識」にとらわれているのである。明治維新は、徳川氏による弾圧の体制を一新 したものでなくてはならなかった。江戸時代は明治日本が取り返さなければな らない遅れた時代であって、すべて否定されなければならなかった。これは薩 摩と長州による歴史観、すなわち薩長史観である。戦後のマルクス主義的歴史 観では、江戸時代は、封建、ブルジュア、そして最終的にバラ色の共産主義の 時代へと必然に変化する途中の封建時代であって、そこではプロレタリアが激 しく弾圧されていた時代である、とする。すなわち、薩長史観、戦後のマルク ス主義的歴史観、いずれによっても、江戸時代は否定されるべき悪しき歴史で あった。政治的正当性を主張するには、先行するものを否定しなければならな い。薩長史観、戦後のマルクス主義的歴史観ともに歴史学的そして事実検証と は無関係に、政治的正当性のみを主張したのである。
 しかし、そうした史料を無視した色メガネ的・図式的な歴史観の作り出す「歴 史的常識」には、いかに誤りの多いことか。われわれは、イデオロギーの呪縛 から脱して、歴史を豊かにしたいものである。」
http://www.geocities.jp/goromaru134/goromaru/seitoku01.html

★>(江戸時代に)庶民が苗字を名のることは禁じられた。しかし、それは「公」の範 囲の制限であって、実際は「私」の範囲では差し支えなかった

★>薩長史観、戦後のマルクス主義的歴史観ともに歴史学的そして事実検証と は無関係に、政治的正当性のみを主張したのである。

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「父権社会が成立するようになると、父系制が一般化し、西洋では、家族の氏を父の氏で統一する習慣が確立されるようになる。中国では、そこまで徹底せず、今日に至るまで、夫婦別姓である。父権社会化がさらに弱い日本は、かつては重系(双系)社会であったようだ。例えば、葛城県の割譲を推古天皇に要求した蘇我馬子は次のように述べている。

 葛城県者元臣之本居也。故因其県為姓名。

 葛城県は、もともと私の本拠地だ。
 だから、その県名を自分の姓名にしている。

ここからもわかるように、 父が蘇我で、母が葛城だった馬子は、氏としては蘇我を、姓としては葛城を称していた。今日、氏も姓も同じ言葉として使われるが、本来は、氏が父系の出自を、姓は、その字が示すごとく 、生んだ女、つまり母系の出自を表した[通志:氏族略序]。この時代、妻問い婚、子の母方居住、女性の財産相続権など、母系制家族制度の名残が強かった。

姓(かばね)は、やがて職掌や格式を表す形式的な称号となり、父系の出自が重視されるようになる。日本では、明治の時代になるまで、中国や朝鮮でと同様に、夫婦別氏で、氏の父系継承が行われた。明治政府は、明治9年の太政官指令では、従来の夫婦別氏制度を踏襲することを布告したが、明治31年に公布された民法で初めて夫婦同氏を規定した。欧米の制度のまねである。」
http://www.nagaitosiya.com/a/family_name.html

★>日本では、明治の時代になるまで、中国や朝鮮でと同様に、夫婦別氏で、氏の父系継承が行われた。

★>明治政府は、明治9年の太政官指令では、従来の夫婦別氏制度を踏襲することを布告したが、明治31年に公布された民法で初めて夫婦同氏を規定した。欧米の制度のまねである。
 ↓
明治31年に制定された旧民法は「夫婦同姓」になっている。明治民法788条は、「妻は婚姻により夫の家に入る」と定め、「夫婦は氏を同じくする」とされ、「婚姻には戸主の同意を必要」とした。「家制度」(戸主制度、家長制度)を導入。

「明治民法788 条
妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入ル
入夫及ヒ婿養子ハ妻ノ家ニ入ル

1947.4.14 夫婦ハ其協議ニ依リ共ニ夫又ハ妻ノ氏ヲ称スルコトヲ要ス
1947.4.17 夫婦ハ共ニ婚姻ノ際定ムル所ニ従ヒ夫又ハ妻ノ氏ヲ称ス
1947.5.28 夫婦ハ婚姻ノ際………」
http://www.mdu.edu.tw/~ged/other%20download/bulletin/20060928/17.pdf


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【結論】
夫婦同姓は日本の伝統では無い。



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★>薩長史観、戦後のマルクス主義的歴史観ともに歴史学的そして事実検証とは無関係に、政治的正当性のみを主張したのである。
★>欧米の制度のまねである。
(参考)
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明治政府は日本の文化・歴史を破壊した !
http://soumoukukki.at.webry.info/200903/article_8.html



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  GHQが行った洗脳政策WGIP
  http://blogs.yahoo.co.jp/l2l_haijin_l2l/16834071.html
  「日教組」を作ったのはGHQ
  http://blogs.yahoo.co.jp/l2l_haijin_l2l/17029009.html
  GHQが行った洗脳政策WGIP その2
  http://blogs.yahoo.co.jp/l2l_haijin_l2l/17269372.html
  GHQによる日本亡国策略「公職追放」
  http://blogs.yahoo.co.jp/l2l_haijin_l2l/19822125.html
  ↑これらの日本破壊工作は、
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  今でも引き継がれ日本を破壊へと誘い続けている。
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★大東亜戦争を仕掛けたのはアメリカとソ連だったのは100%明白になった!
http://soumoukukki.at.webry.info/200809/article_4.html
★今の「日本国憲法」は、共産主義者によって作られた
http://soumoukukki.at.webry.info/200802/article_5.html


  ★日本は憲法と核拡散防止条約にも抵触せず核武装可能である!
  http://soumoukukki.at.webry.info/200803/article_2.html
  ●アメリカは日本の核武装を望んでいた!
  http://soumoukukki.at.webry.info/200802/article_12.html

  「核武装は百利あって一害なし」
  http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1143583&tid=ffckdca4o3kipaua49a4ya4ada1a9&sid=1143583&mid=8724



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